献金の時間がとても心配でした

この記事を書いた人 天運教会所属/東京都郊外住まい/結婚7年目

摂理では日曜日の礼拝時に献金を捧げる時間があります。これは摂理に限らず、どこの教会でも行われています。

私が摂理に来たのは今から15年前の大学4年生の時でしたが、初めて礼拝に参加するために礼拝について教えてもらった時、献金の時間があると聞いて、とても心配になりました。卒論や就活、国試の勉強も忙しく、バイトもほとんど入れない時だったので、お金がなく、正直負担に感じました。しかし、「献金の額は決まりもないし、金額は全く問題じゃないから大丈夫。神様に対する真心でいいし、神様はその心だけをご覧になるよ。むしろ、生活が苦しかったり少しでも負担に感じるなら捧げなくて大丈夫だよ」と教えてもらい、とっても心が楽になったのを覚えています。

最近の鄭明析牧師も、献金に関して話してくださっていた内容があります。
「感謝というと、人々はよく、お金を捧げること、物質を捧げることだと考えがちです。まずそこから違うのです。(中略)一番大きいことが死ぬところから助けてくださったことです。物質でその対価を払おうとしたら世の中のどんな財閥もその対価を払える人はいません。だから、人生一生の間、いつも感謝して、心の感謝でなければ解決できません。物質の感謝では解決できません。」(2020年4月5日「いつも感謝しなさい」)

摂理で「献金しなさい」「献金しないと地獄に落ちる」「献金しないと天国に行けない」など脅迫して無理やり献金させる話は一度も聞いたことはありません。

むしろ、「よく食べて神様に『感謝します』と言いなさい」と今も昔も変わらずに話されていました。(2020年12月9日「感謝と栄光」)鄭明析牧師があまりにも貧しい中で育ったので、昔からそのように話されていたのだと思います。

学生の時は感謝を捧げたいなと思う時に、数百円の少ない小銭をきれいに拭いて捧げていました。
神様はその心を見ていてくださって、少ない中からも感謝を捧げた時には教会のメンバーが突然ご飯をご馳走してくれたり、教会のお姉さんが着なくなった洋服を譲ってくれたり、臨時収入がいきなり入ったり(笑)と沢山祝福してくださいました。

現在は結婚をして7年経ちますが、夫と二人で暮らしています。
夫は会社員として勤務し、私はパートタイムで少し働いています。収入は生活には困らないくらいで決して多くはないですが、東京に新築の一戸建ての家も購入し、最近は自家用車も新調しました!
鄭明析牧師から、神様へ感謝する姿勢を教えて頂き、むしろたくさんの祝福を下さってる神様に心から感謝します。

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