神様からのプレゼント

一週間ご苦労様です。ボクです。突然ですがこの一週間皆さんは何を得ましたか?「私は今週○○を学んで、○○を達成した!でも○○は出来なかったから来週頑張りたい。」自信をもってこのように誰かに話せる方はどのくらいいますでしょうか?

というわけで、先週の生活を通してより価値を感じるようになった、神様が下さった最高のプレゼントについて話します。

ー神様からのプレゼントとは?

では早速ですがそのプレゼントを発表したいと思います。そのプレゼントとは…

ダカダカダカダカダカダカダカダカダカダカダカ…ダンッ!

『神様が行くべき方向や答えを示してくださること』です!

「ドラムロールした割に一言で言えてなくて歯切れ悪いな?」と思った方、気にせず続けます。「行くべき方向や答えを示してくださる」つまりどういうことかと言いますと…例えば、あなたが夕食にカレーを食べるかハンバーグを食べるかで迷っているとします。優柔不断でなかなか答えが出ません。しかし、そんな時突然「ハンバーグ食べよ!」と脳裏によぎることはありませんか?また、「どちらにしようかな…天の神様の言う通り」なんてやったことはないですか?少しスケールを大きくすると、進学する学校を決めるとき就職する企業を決めるとき、「なんとなくこっち」という、いわば「直感」が「パッ」と浮かんだことはないでしょうか?これらは神様が「行くべき方向や答え」を示してくださったことだとボクは思っています(直感や閃きが全て神様が下さったものではないので、誤解はなきようお願いします…)。このように様々な形で「神様が方向や答えを示してくださる」ことを、進路を教えてくれるという点から、ここでは『神様からのナビ』と呼ぶことにします(あくまでボクの勝手な呼び名です)。

ーどうやって『ナビ』するのだ?

「神様が見えるわけでもないのに神様の思し召しなんてわかるか!?」と思うかもしれませんので、もう少し詳しくわかりやすく説明します。『ナビ』ということで今目の前に二本の分かれ道があるとしましょう。一本はとっても楽しい遊園地に通じており、もう一本は断崖絶壁に行きつくとします。しかし標識などはなく、どちらが遊園地でどちらが崖なのか判断することは出来ません。こういったときに神様は様々な方法で『ナビ』してくださいます。

どっちに行こうか悩んでいると、ある人がやってきて「こっち行くと遊園地あるらしいっすよ」と教えてくれました。その通り進んでみると本当に遊園地がありました。またある時は、一方の道の上で虫の死骸を蟻がせっせと運んでいました。不吉に感じて逆の道を行くと、無事遊園地に辿り着くことが出来ました。この虫に気付かなければ崖に向かっていたかもしれません。このように神様は、「人」や「モノ」、またボクにとっては「聖書」などを通して『ナビ』してくださるのです。神様がハンバーグをボクに食べさせたいと思っていたとすると、一緒にいた友人が「ハンバーグにしたら?」と言ってくれたり、カレー屋さんが突然目の前で店じまいをしたりして、神様が行くべき方向に導いてくださるのです。

『ナビ』の必要性

「何食べるかくらい自分で決めるわ!」と思うかもしれませんし、「自分の道は自分で決める」と言うのが普通だと思います。しかしボクたちが意思決定する際の判断材料は、好みや経験、状況・環境に合わせるなどありますが、将来のことなど誰にもわからないので簡単には決断しづらいです。そういったときに神様は、ボクたちの個性や能力、望み、状況・環境全てを顧みてふさわしい道を示してくださいます。二本の分かれ道で人の教えや虫の知らせを気にせず進んでいたら、崖に行ってしまうことになっていたし、友人の勧めを無視してカレー屋さんに行っていたら、強盗に襲われることになっていたかもしれません。このように色々な要素を総合してボクたちにとっていい道を『ナビ』で進ませてくださるのです。

ーボクの『ナビ』体験

記号的に説明してもわかりづらいと思うので、ボク自身が受けた『ナビ』について紹介します。

ー解決したのは、まさかの…!?

ボクは今年就職活動を行っていました。なかなか内定が貰えず苦しんでいた時、七月中旬にようやく初めての内定を頂くことが出来ました。しかし、ここで新たな問題が発生しました。その企業の内定承諾の返答期限が一週間余りしかなかったのです。ボクとしてはまだ一社目の内定だったのでもう少し活動を継続して、判断したいという思いがありました。しかし様々な理由があり、内定を承諾して就職活動を終了するか、内定を辞退して振出しに戻るかの選択を迫られました。自分の状況と企業の想いに考えが揺れ、たくさんの友人や先輩に相談しましたが、いくら悩んでも結論を出せずにいました。毎日毎日答えを貰えるように祈るけれども、何が正解かわかりません。そんな時、ふとあるものを見て閃きました。そのあるものとは「靴」です。靴を見たときに、「当たり前だけど、靴って両足ないと使い物にならないよな…そうか!両方ないと意味がないのか!」と考えが巡ったのです。このように「靴と言うモノ」から『ナビ』を受けて、内定も承諾して、就職活動も続けるという「両方」を選択することになりました。まさに、理想的な形で答えがきたのです。

ー『ナビ』をより価値のあるものにする

では毎日毎日いついかなる時も『ナビ』して貰えるのでしょうか。行くべき道、答えをわかるために『ナビ』を受けるのに必要なことがあります。それは「願い求める」ことです。「願い求める」と言えば仰々しいですが、「常日頃から示してほしい方向、わかりたい答えについて考える」ということです。今あなたはトイレで用を足しています(下世話な例えですみません…)。その最中に紙がないことに気付きました。「まずい!誰か紙をくれ!紙を!頼む!」と切実に願っていると、誰かが外から何かを投げ入れてくれました。見ると、それは光り輝くダイヤモンドでした。その時あなたは「いらねえよ!紙が欲しいんだよ!」と叫びたくなるのではないでしょうか?さすがに要らないとは言わずとも、「今じゃねえ!」と思うし、最悪の場合、紙を手に入れることに必死すぎてダイヤモンドが投げ入れられたことにすら気付かないかもしれません(本当に下世話で度々すみません…)。何が言いたいかと言うと、願い求めていないことは貴重に思えないし、気付けないということです。常に願い求めているから、普段から繰り返し考えているから、『ナビ』を貰ったときに価値を感じるし、嬉しいし、感謝するようになるのです。

ー考えることが大きい

進路など大きな決断に限らず、日々の中での悩みや不安に対して『ナビ』で行くべき方向や答えを示してくださるということは、自分で解決策を探し出すよりも、わけもわからず突き進むよりも、数倍の喜びと価値があります。ボクにとってこの靴の閃きが、神様が下さった『ナビ』だと思えることが何よりも大きいです。『ナビ』を受けることで、その道が「間違いない!」ということを確信できるようになります。もしかしたら遊園地に繋がる道が、草木の生い茂った獣道で、崖に繋がる道が歩きやすく舗装された広い道かもしれません。一見楽な道を選ぼうとしがちですが、『ナビ』によって正解がわかっているから、何も臆することなく自信を持って険しい道に臨むことができます。神様や信仰するボクはこれらを祈りや説教を聞くことで願い求め、確認しています。では皆さんはどのように願い、確認したら良いのでしょうか?このためには、普段から解決したいことや、わかりたいことについて再三考えて尽くして、『ナビ』を受ける準備をし、いざ貰えたならば喜んで、感謝して、「なぜ受けられたのか?」とまた考える。このような「思考の繰り返し」を習慣づけることが大きいと思います。ボクもまだまだ幼いです。共に頑張りましょう!

先週ある出来事があって、この『ナビ』の価値を再確認したので、テーマに設定してみました。その出来事はまた機会があればお話ししたいと思います。

本日もありがとうございました。

来週に続く

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この記事を書いた人

Heaven's Fortune Churchに通う学生。
日々のことを記します。

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