サッカーワールドカップ2022を観て思うこと

皆さんも観戦しているかもしれませんが、サッカーワールドカップを観ていて思うことを書いてみました。

私は小学校の頃からサッカーをしていましたし、Jリーグ元年をサッカー小僧として経験していますので、私にとってサッカーは他のスポーツとは違う特別な存在です。

それは、摂理に来てからも同じで、聖書の歴史を学ぶ過程で、2002年日韓共催のワールドカップが歴史的にも特別な大会であることを知り、かつその時を信仰を持ちながら経験できたことがとても大きなことでした。

また、その時が初めてワールドカップを現地で観戦した時でもあります。ちなみに、それ以降に現地で観戦した機会はありません。歴史的な意味深い大会を現地で観戦できたことは私にとってとても特別な機会でした。

私の今までの信仰生活と神様との経緯にサッカーは切っても切り離せない存在です。サッカーを通して多くのことを学び、神様との経緯ができました。

鄭明析牧師はサッカーは人生の縮図とおっしゃり、サッカーをしながら様々な人生の話を説いてくださっていました。私もサッカーを通して様々に人生を学び、成長する機会になりました。

ボール1つもってどこかの国に行けば、みんな仲良くなれる・・・そんな、サッカーの本来のあるべき姿を牧師が実際にそれを実現している姿を見て私は学びました。

ワールドカップのたびにそのような私にとってのサッカーとは何か?を考えさせられます。

日本の快進撃。その最初は2002年のこの時でした。今でも忘れないです。あの時の感動と興奮は・・・

そして、あれから20年。やはり、感動と興奮が再び・・・

この機会を通して日本が、世界が1つになり、愛と平和の大会が実現することをお祈りします。神様が本来、人間にサッカーを与えた目的が成されることを切に祈ります。

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この記事を書いた人

天運教会(キリスト教福音宣教会)に所属する、総合内科、消化器内科、内視鏡を専門とする医師です。救急・ERやへき地医療を経験し、病院勤務医を経て現在はクリニックを開業し経営者となりました。2児の父でもあり、子育てと仕事の両立に奮闘しています。

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