わたしの子育てー宗教2世

我が家には20歳と17歳と15歳の娘息子がいます。三人三様とても可愛いです。

とは言っても反抗期思春期ですし、ぶっちゃけ可愛くない時も多いです。

洗濯機にティッシュを混入させたとか、勝手に人のアイス食べたとか、毎日喧嘩してますが、物理的に時間が合わない時以外は、どの子とも話をしないで終わる日はないです。

目次

子供が教会に通いたくないと言ったら?

えっ!?ショック!
とか、思いますが、無理強いはできないですよね。最後は本人の意思に任せます。

日曜日に体調不良や、部活の試合で行けなかった時は、帰ってきた後か、なるべく早いうちに礼拝を守ってもらうようにしてます。(礼拝の収録があるからありがたい)

どうしても心が向かないときは、説教の要約を読むようにすすめますが、その先はやはり本人にまかせます。

ところで、私は主日礼拝の朝に、子供達にいつまで寝てるんだ、遅刻するよ!と、せかしてしまいます。(そんな私も遅れがち)
神様は、私たちが喧嘩する事が1番嫌いなのに、、、。申し訳ない。

そもそも私自身ADHDなので、時間を守る事や、子育てに必要なマルチタスクなことが人一倍、苦手なんです。


だから独身の時も教会に行く時は遅刻常習犯。ひとりでわあわあ言いながら準備して、慌てて出かけたり、段取り悪すぎて疲れてしまって、行きたくないなーってことがありましたから、こんなお母さんと、幼い頃から一緒に教会に来てくれて本当にありがとう!って思ってます。

この頃は、東京都の感染状況によっては、ぼちぼち少人数の対面礼拝も始まってますがオンラインが2年半もつづいたので、教会になかなか足が向かない子供たちです。

子供を育てるうえで気を付けていること

「ありがとう」と「ごめんなさい」を言えること、

それができればなんとかなる。(言わされたり、とりあえずの感謝や謝罪はカウントしませんよ(^ ^))

信仰を持ち始めた30年くらい前、「神様に聞き入れてもらいやすいお祈りの方法」という「なんて便利なんだ!!」と言うしかない奥義を教えてもらいました。

①まずは感謝(ありがとうございます)
②そして悔改め(ごめんなさい)、
③次に決心(実行します)
④最後にお願い(ください)

↑これ、すごくないですが!?
お祈りは、神様との対話だよって、っていうか教えてもらいましたが、コミュニケーション全てに通じる事だと思います。

私が見てきた事を根拠に話しますが、チョンミョンソク牧師はもちろん、キリスト教福音宣教会の指導者達はどんな時もこの四つの基本を真実に実行することに尽力される方々です。

それにしても、私の育児、感謝を忘れがちだし、不器用すぎて謝ることばかりです。日々のみことばの中で目を覚ましつつ、子供と一緒に(追い越されながら)成長してます。

子供の自由をどのくらい尊重できている?

子供の自由、もちろん尊重したいです。

しかし親の理解が足りなければ小さな檻に入れてしまいがちなのだなと思います。
自分の手が届かないところに行ってしまったらどうしよう、と不安なんです。

昔は小さな村社会でみんなで子育てしてきたから、大変なこともあったけど、むしろ昔の方が子育てしやすかったのではないのかな?と、考えた事もあります。でも、実際の環境はそうではないですよね。

そんなとき、チョンミョンソク牧師だったらばどうするかな?と、考えます。なぜそう思うかというと、

私がチョンミョンソク牧師にお会いして挨拶したのは20歳でした。以来、気がつくともう30年、映像や御言葉では頻繁に、時々は直接、お会いしてきましたが、変わらずに柔軟で自由な発想をもっており、それでいて、守るべき線は絶対に守る。2000読以上聖書を通読しただけでなく、小さなことから大きなことまで神様に深く祈り願い求め、聖書の御言葉を守り生きてきた姿をつぶさに見てきました。

実践した方の説得力。秩序ある聖書の御言葉か得られる自由があるからです。

チョンミョンソク牧師は子供達を決してぞんざいにしません。

「幼いからと言って叱り、止め、たしなめてはいけません。」「指導する人たちは自分の言葉と行動を顧みて見直さないといけません。」とおっしゃいます。

キッズパークに見た安全で自由な育児の実現

今はコロナで開催ができませんが、チョンミョンソク牧師の故郷、明月洞(ウォルミョンドン)では毎年、子供の日にキッズパークを開催してくれるのですが、これが、本当にもう、ものすごく子供達にとって魅力的なんです。

池にはボート、広い運動場には巨大なウォーター滑り台、芝生のスロープには、中に入ると回転しながら安全に転がり降りることができるエアーの入った大車輪。背中にタンクを背負うタイプの水鉄砲。充分な数の遊具で子供達は思う存分に遊びます。他にも様々な工作や縁日の屋台がずらりと並び壮観でした。

感動したのが、死角がないように随所に安全ボランテイアが配置されているのです。20代くらいの方々が多かったですが、みんなとても柔らかい笑顔でありながら、軍人のように周囲に心を配っています。子供達が楽しく遊べるようにサポートしてくれるのですが、必要以上に手を出しません、一切、とがめたり、叱ることもしません。この日、600人ほどの子供達が来場していたのですが、この会場設計とボランティアの配置が秀逸で、見通しの広い会場のどこでも安全で平和が全力で守られていました。どれだけ祈って計画準備したらこのような天国のような空間になるのだろうと驚愕しました。

当時小学生だった我が子達が夢中になって遊んでいる姿を見ながら、神様の大きな懐の前で、小言ばかり言う自分が恥ずかしくなったことを思い出します。

チョンミョンソク牧師は子供と親に折あるごとに言うこと

子供達に、先生はよく言います、
「お父さんお母さんがいやなことをするならば、わたしに言いなさい、叱ってあげる

うわあ、子供に戻って自分も言われたい~!そして、親として自分はドキドキします。

直接叱られたことはありませんが、日々の御言葉の中で、チェックが入ります。「子供達を傷つけたならば必ず謝らないといけない」←実際にやってみると、結構難しいのですが、経験上、親子関係修復にはこれに勝るものなしです。
叱られたとしても子供たちや自分達のことに関心持って話してくれることだから、むしろ嬉しいです。

一方で、

「愛して言っているのだから、親の言うことも聞かないと(いけないよ)」
「親たちが怒って『あなたなんて、もう知らない』ということもあるけど、本心ではないです。」
と、子供達に対して、親の切ない思いを伝えてくれることもあります。

現実の私の育児では、、

大人として、楽しく、子どもたちを自由に導いてあげれば良いのですが、それがとっても難しい~!

子供達が自由と思うことが大人から見たら、茨の道に思えることが少なくないからです。

また、子供達の主張する自由にこそ自由があるのに、大人達が無知で反対してその道を認められなかったり、

しかし、結局最後は子どもたちのするのに任せるしかないでしょう。

私は親なのに、あまりにも未熟な存在です。というか、完璧な親がこの世に存在するのか?神様のコーチなしではすぐに道を間違えます。

私の親と関係が修復した

摂理で得た聖書の教えから感動を受けて実践したことは、私が幼い時から時間をかけて壊れていった自分の親との関係を修復してくれ、兄姉との縁を守ってくれました。(彼らはキリスト教福音宣教会をよく解釈してくれてますが、会員ではありません)この真理を実践することによって、親を憎みながらも慕い求める自分を否定できないというあまりにも耐えがたい葛藤から解放されました。

子供対に引き継ぎたい財産

パートナーの多大なる努力により、なんとか3人の子供達が願うところまでの学校教育を受けさせて、あげられそうです(多分)。先行きの見えない世の中ですが、できたら、子供達にはある程度の財産も引き継げるように努力を続けていきたいと思います。

しかし、私達が子供達に残せる財産の中で一番価値のあるものはこの信仰と思っています。キリスト教福音宣教会のみことばの中から神様の愛が明確に感じられるからです。

だから、引き継いでほしい。
しかし、それには条件が必要なんです。

子供達が自分でその道を選ぶこと。

私も夫も自分で決断して、この道を選びました。
(とはいえ、この道に行くことにより、失うように思えたものも、旧約聖書に出てくるヨブのように、その後数倍の数十倍豊かに得るようになりました。)

自分でその道を選ぶこと(2度目)

だから、私たちの至らなさで、子供達を傷つけてしまったことを悔い改め、子供達が一番幸せになる道に行けますように、と毎日祈ります。

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この記事を書いた人

八王子に居住してそろそろ20年。
同居人は夫君と長女、次女、末っ子長男とハムスター。

自称八王子案内係、元健康オタク、図書館オタク、ホムセンオタク、現在は農業関係のお仕事してます。

とりあえずなんでも作ってみる派。

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