なぜ私が摂理でなければいけない理由

キリスト教福音宣教会 八王子 天運教会

私は大学2年生の医学生の時に摂理に導かれました。その時の私は人生の目的を探し求めており、様々な団体や部活やバイトに所属しその答えを探しさまよっていました。自分探しの旅に出ると抱負を掲げていたそんな時に友人の誘いで御言葉を聞くようになり、その答えを見つけたので導かれるようになりました。

あれから大学生活を存分に楽しみ、医師となり、家庭を持つようになり、現在はクリニックの経営者となりました。今もその時に見つけた人生の目的を、さぼりつつ自由気ままに!?、日々実践しています(笑)

さて、今回のお題に率直に答えるなら「ここが良いところで楽しい」から、ですかね(笑)

摂理が様々に悪く噂されていることも知っています。しかし、実際に所属する私としては噂と実際の乖離があまりに甚だしく気にしていません。自分が経験し実感していることが真実だと思っています。実際は良いところで楽しいところです(笑)

もう少しお題について掘り下げます。①御言葉、②鄭明析(チョンミョンソク)牧師、③自身の体験の3つに関して摂理でなければいけない理由を以下に詳細を書き綴ってみます。

①御言葉

鄭明析牧師が話される御言葉は、聖書をとても分かりやすく理にかなった形で解いてくれている御言葉であり、聖書を通して神様が何を人間に伝えたいのかはっきりわかる御言葉です。気が付けば私は7回は通読したと思います。

書いている内容が解説無くてもわかるようになり、面白くなったので読み進めていました。働き始めてからは医学書ばかり読んでいますが…

また、御言葉を聞いて実践していくと自分がどんどんより良く変化し成長していっているのを実感できることも牧師が伝える御言葉の特徴だと思います。御言葉の内容は悪なる内容は無く、神様のため世のため人のためになる内容しかなく、私はこの御言葉を通して神様を知り、神様を体験してきた事実がありますので、この御言葉があることが摂理でなければいけない一番の理由です。

後述しますが、私はもともと疑い深かったし、他人の話をすぐには受け入れない自己中心的な人間でした。

そんな私がこの御言葉を通して神様の愛について学びその具体的な実践について学ぶようになり、他人を認め受け入れ愛することができる人間に変わりました。あのまま医師になっていたら…と思うとぞっとします(;^_^A

②鄭明析牧師

御言葉の存在が一番の理由ではありますが、御言葉は鄭明析牧師が語られていますので、牧師の存在も摂理でなければいけない一番の理由になります。

牧師無しにはこの御言葉はありませんので、つまり一番が二つです(笑)牧師は私利私欲のために行うことはなく、いつも神様のため人々のために真実に行なっており、この御言葉を伝えるだけでなく、自身も実践して言葉だけでなく行動で示して下さっています。見えない神様を私達が見えるように、体験できるように教えて下さる指導者です。

その姿が尊敬に値し、信頼に値するため、その方が伝える御言葉だから真実であると認めることができました。そんな牧師の印象的な姿のひとつは「鄭明析牧師ってどんな人」で書き綴っていますのでご覧ください。

また、牧師を通して知ることができる、そして体験することができる神様やイエス様は、まるで夫婦のような関係です。親子のような関係で子供が無償の愛を受けるような関係ではなくて、夫婦のような1つの目的に向かって運命共同体のような共に生きて共に行なう、そんな関係です。同じく神様を教えてくれる方は世界中に沢山いると思いますが、私が牧師から学んで良かったと思うのはこの点もあります。

牧師はいつも何かを決定する時にその場で自分の考えを伝えるのではく、必ずお祈りして自分の考えでなく神様やイエス様がどのように考えているか確認してから決定しています。その姿はまるで献身的なお嫁さんが旦那さんの意向を確認しているかのようでした。

私もそれに習って大事なことはお祈りしながら決定しています。神様やイエス様と生活を共にしながら神様が目指している目的、言い換えるなら創造目的とか御心とか言いますが、それを実現していくのがとても楽しくやりがいがあり、私の生きがいになっています。

③自身の体験

結局、摂理でなければいけないと言えるのは、自分が体験してきた疑いようのない事実があるからです。どんなにここが良いと話しても、自分がその良さを体験しないと信じることは難しいかと思います。

私はもともと神様なんているわけないじゃないか!と反対していた立場です(笑)他人から話されたことを簡単に信じるような性格の良い人間ではありませんでした。全てのことを疑って見るような人でした。

恥ずかしい話ですが、実際に最初私に御言葉を教えてくれた先輩に面と向かって「自分は手ごわいですよ」と偉そうな態度をしていたのを覚えています(笑)しかし、疑いようのない体験を幾度もしていき神様の存在を認めるようになり、この御言葉への確信、鄭明析牧師への信頼へと繋がっていくようになりました。

初めて神様を体験したのは、忘れもしないスキー場で白い携帯電話を落として、お祈りしたら見つかった出来事です。あの白く広いスキー場のどこに落としたかわからない中、拾ってくれた人がいました。奇跡?偶然?必然?色々と思いましたが、その時は神様だーと思いました。

しかし、その数日後にはたまたまだなと否定していました…(;^_^Aそんな体験を幾度もして時間をかけて確信に至りました。体験というのは自分がするしかないので、どんなに良い話をしてもそれを信じることも受け入れることもできないと思いますので、ぜひ多くの人にここの良さを体験してもらいたいものです。

以上、3つについての詳細を書き綴ってみました。言葉足らずのところはご了承下さい。他にも良い団体や宗教や人は世界中に沢山存在していると思います。そのような存在をテレビなどで見るたびにすごいなと感心し感銘を受けたりしていますし、そのような存在を尊敬しています。

しかし、私にとっては摂理が最上級です。全く損することも不利益も無く、良いこと楽しいことしかなく、やりがいもって神様との共同作業ができるのでここで良いと思っています。

皆さんにとっても、自分の最上級となる出会いがあることを祈っております。もし、それが摂理ならば私はうれしく思います。

キリスト教福音宣教会 八王子 天運教会

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この記事を書いた人

天運教会(キリスト教福音宣教会)に所属する、総合内科、消化器内科、内視鏡を専門とする医師です。救急・ERやへき地医療を経験し、病院勤務医を経て現在はクリニックを開業し経営者となりました。2児の父でもあり、子育てと仕事の両立に奮闘しています。

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