さて、今回は久しぶりにサッカーの話をしてみたいと思います。
私は小学生から高校生までサッカーをしていました。その経験もあり、摂理に来てからもサッカーをよくしていました。
摂理でサッカーする目的はいくつかありますが、一番の目的は神様に栄光を帰すことです。サッカーも芸術と言われています。芸術の根本的な目的は神様に栄光を帰すことだからです。
栄光を帰すという言葉が難しいでしょうか?
神様に感謝したり、喜びを伝えたり、告白したり、神様のすばらしさを認めたり、…することを神様に栄光を帰すと言います。
サッカーでどうやって栄光を帰すのか?と思うかもしれませんが、たとえばサッカーができることに感謝したり、神様が創造された自分の肉体を神様が喜ばれるようにサッカーを通して使ってみたり、サッカーを通して個性を表現してみたり、サッカーで平和を実現してみたり、…することで栄光を帰したりします。
他の目的には、人生を学んだり、自分を成長させたり、他にも様々に目的があります。
鄭明析牧師はたくさんサッカーをしながら多くの人と共にしてくださり、人生について教えてくださいました。そして、神様が喜ばれるサッカーをしてきました。その教えをもとにCGMサッカー大会では平和サッカーの実践をしています。
味方も相手も大切にしながらプレーをしながら共に平和を成していくサッカーはとても気持ちが良いものです。
さて、私は約10年ぶりにサッカーの試合をするようになりました。医師となり、土曜や祝日にも仕事があったり、家庭を持つと仕事が休みの日は家族との時間であったりしてなかなかサッカーをする機会が無く、こんなに長くサッカーをすることができないでいました。
今回は、土曜に大会があり、その日が祝日であったため仕事が休みになったため参加することができました。
家族と相談し、その日はテントと遊び道具を盛りだくさん持参して皆で一緒に行くことで参加することの許可を得ました。
さすがに本番いきなりサッカーではダメだと思い、1週間前にもサッカーをしましたが、あまりに体が動かず、ボールを蹴ることもできず、自分の体ではないみたいでショックを受けました。久しぶりに使ったスパイクは劣化していたため破壊してしまい、肉離れ直前の状態になってしまいました。
新しいスパイクを買い直し、傷んだ足が治るのを待ちながら本番を迎えました。ボールの感覚を取り戻したく、子供と公園遊びに行く時にボールを蹴りながら準備をしました。
そして迎えた本番。一試合目に相手のシュートを止めるために力を入れた瞬間に、まさかの肉離れを起こしてしまいました。足を動かしたくても動かすことができないジレンマを感じながらその後の試合に出場しました。決してパフォーマンスは良くはなかったですが、この先このメンバーでいつサッカーができるかわからなかったので、とにかくできるだけ出場できるように心がけました。
結果は、予選リーグを突破して、決勝では0-1で惜敗し、準優勝となりました。
あまり、試合の結果は気にしておらず、結果以上にサッカーを通して神様から受けた教育や悟りを大切にしたいと思っています。というのも、この先ずっとサッカーをするわけではないですし、次にいつサッカーできるかわかりませんので、この経験がその後の生活や仕事や信仰に生かされなければもったいないと思って臨んでいたからです。
様々に思うところはありましたが、大会を通して一番感じたことは、「今を生きることができる価値、感謝、喜びと後悔無く最後まで走り切りたい」ということでした。
聖書ではイエス様が生きていた当世にイエス様がどのような方で、何のために来た方かはっきりとわからずに、信じて従うことができず逆に迫害してしまい、イエス様が亡くなった後にイエス様のことがわかり後悔をした人がいます。それは、パウロです。
パウロは後悔をしましたが、その後は改心してイエス様がどのような方か宣べ伝える人となり、投獄されてもそこでもイエス様のことを手紙で伝えていました。それが聖書となり、歴史的に偉大な業績を残しました。
しかし、イエス様が生きていた時に、共に歴史を成しながら生きていくことはできなかったのです。これはとても大きな後悔だったかと思います。
そのように今も今後も後悔無く、その時を大事に生きることが大切だということを今回のサッカーを通して一番に感じました。その時に後悔しないためには、共に生きる人の価値をわかって、何をすべき時かわかってすべきことを、言い換えると神様から受けた使命を、全力で行うことが大切だと思いました。
久しぶりのサッカーはとても実りある時間でした。翌週からの仕事への意気込みも増して、仕事にも良い効果がありました。肉離れが治ったら、次にサッカーをやる機会に向けて体作りをして、次回はもっと高い次元でサッカーをしつつ学びも深められたらと思います。
サッカーができるように導いて下さった神様に感謝と栄光をささげます。